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No.159 東北のハワイ



お元気ですか?

桜が咲いて「春が来たっ!」と喜んでいたら、また「冬」に逆戻りしたような日が続き、花見をする側の人間たちはガッカリ、綺麗に咲いた桜たちは「えっ!まだ春じゃないの!?」とあまりの寒さにビックリして固まってしまったように見えましたね。

栃木県は2週連続で週末の天気が「雨」になりそうなので、今年のお花見は本当に「ハズレ」の年となりそうです…。

昨日は、息子が春休みだということもあり、福島県(いわき市)の「スパリゾートハワイアンズ」へ家族で行ってきました。

子供の頃、まだ「常磐ハワイアンセンター」だった時に連れて行ってもらった記憶がありますが、ほとんど憶えていなかったので、初めて行った感じでした。

明治時代に創業した「常磐炭鉱」は関東屈指の炭鉱場として栄え、東証一部にも名を連ね、多い時には12,000名のもの従業員を雇用していたといいます。

「一山一族」を合言葉に皆で力を合わせ仕事に従順していましたが、1962年の「原油輸入自由化」によってエネルギー革命が加速し、それまで「黒いダイヤ」と重宝がられていた石炭は一気に下火となっていきました。

従業員の家族を含めると30,000人以上もの人たちを「路頭に迷わすわけにはいかない」と当時の副社長 中村豊氏が海外にヒントを得るため視察に出掛けたそうです。

1度目は何も収穫がなく、2度目もヒントとなるものが見つからず、疲れ果てながら立ち寄った「ハワイ」で「これだっ!」と確信したそうです。

「東北にハワイを作る」

地元に帰り、熱い想いで皆に話をしても当初は全く聞く耳を持ってくれなかったそうです。

「フラダンス」にしても、当時はまだ肌を露出することさえタブーとされていましたので、素人の地元女性をダンサーにするのは並大抵の苦労ではなかったと思います。

それでも中村さんは「不撓不屈」の精神で皆を説得し、最後は押し切る形で

1966年1月16日にスパリゾート ハワイアンズの前身となる「常磐ハワイアンセンター」を

オープンさせました。(なんとっ!我が「からあげ鳥亀 鶴田店」とオープン日が同じなのだっ!!)

オープン前はフラガール達と全国へPR活動に出向きましたが、第一期生の小野(旧姓豊田)恵美子さんは「練習をしていても1人もお客さんが来ないんじゃないかと不安で仕方がなかった」と当時を振り返っています。

そんな小野さんの不安は初日の舞台に立つと一瞬で吹き飛びました。

会場は溢れんばかりの人、人、人…。

立見席まで入りきれないほど人で埋め尽くされたそうです。

時代の流れに乗り、その後も順調な経営を続けていましたが、

東日本大震災で甚大な被害を受け、長期休業を余儀なくされました。

施設は壊れ、フラガール達が踊る場所もなくなってしまったのです。

「これで終わりか…」

そんな言葉が皆の頭をよぎりましたが、中村さんが残した「不撓不屈」の精神に再び火が付き、

2012年の2月に「全面再開」を果たしました。

そういった背景を思い浮かべながら観た「フラガールショー」はとても感動的で、ショーを観ながら涙を流している人もいました。

是非、皆さんも機会がありましたら彼女たちのパフォーマンスを観てに行ってください!

(2006年に公開された映画「フラガール」を観てから行くと感慨深さ倍増ですよっ!)

きっと生きていくための「何か」を感じることが出来ると思います。

そして、時代の流れを読み取り、炭鉱の町を「ハワイ」に変えてしまった中村さんのアイディア。

アイディアだけではなく、それを現実のものにしてしまった「信念」や「バイタリティ」、そして「行動力」にはただただ敬服するばかりなのですっ!

ではまた!!

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