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No.72 我が父(後編)



お元気ですか?

最近は夏の暑さもひと休みで比較的過ごしやすい日が続いてますね!昨日は息子とカブトムシ捕りに行ったのですがビックリするぐらい捕れたので息子も大喜びでした!(写真左)

いよいよ「とちぎ元気グルメ選手権」の人気投票(9月2日まで)が始まりました!

皆様にご声援いただき、11月4日の決勝大会にて1人でも多くの方に鳥亀特製骨なしからあげ&手羽先揚げをご賞味いただけるならばこの上ない喜びです!

皆様のご声援よろしくお願い致します!!(詳しい内容はこちらです)

2003年4月11日

その日は、雨が降っていたので現場を早めに切り上げて家にいた父でしたが、夕方になり雨が上がったので庭の手入れをしていました。高い脚立に登り、枝を切り落とそうとしたその瞬間、脚立が滑り、父は4mの高さからアスファルトに叩きつけられてしまいました。

仕事中、携帯に「お父さんが救急車で上都賀病院に運ばれた!」との連絡を受け、急いで病院へ駆けつけ父のもとに向かうとすでに処置がなされていました。

その姿を見て少しホッとすると、医師から「ご説明がありますのでご家族の方はこちらへ」と呼ばれました。

数枚のレントゲン写真を見ながら医師は「出血はありましたが頭の方は心配ありません。深刻なのは…」と背骨が映っているレントゲン写真を見ながら「落ちた時に折れた骨が脊髄を傷つけてしまいました。今までの例から見ても今後歩くのは難しいかと思います」

その場が凍りつきました。母の動揺と落胆。私自身もハンマーで頭を殴られたような衝撃を食らい、しばらく呆然としてしまいました。

その後、独協医科大学病院に移り手術を受けましたが元の体に戻ることはありませんでした。

父は記憶のある限り大病を患ったことがなかったですし、キン肉マンのような不死身な体だったので、突然にして下半身不随となってしまったことが受け入れられませんでした。

私は事あるごとに「起こること全てに意味がある」と思っていますが、父が怪我をした時だけは意味を見つけ出すことは出来ませんでした。

「家族と湯澤家を守るために休みなしで人の2倍も3倍も働いてきた親父がなんでこんな目に遭わなくちゃなんねぇんだ!」と怒りが込み上げ、しばらくは神も仏も信じませんでした。

仏壇に手を合わせても無心、神社に行く機会があっても手だけ合わせて無心。祈りもしなければ願いもしない。

誰も父に体の事を告げることは出来ませんでしたが、父は自分自身で現実を直視し、障害を背負いながらも新たな人生を歩み出すことを決意しました。

決意するまでにはのた打ち回るほど苦しみ、悩み、絶望の淵で人知れず涙を流したことも数多くあったと思います。

家族が一番心配したことは「このまま家に閉じこもり、塞ぎ込んでしまうのではないか」ということでした。

でも父は強かった!!

自ら障害者特別仕様の車を発注し、手だけでハンドル、アクセル、ブレーキを巧みに使いこなし何処にでも出掛けて行きました。

週に2回は希望の家(鹿沼市)にあるシード(障害者用デイサービス)へ行き、同じ境遇の方々と時間を共有しています。一時はビーズ手芸にハマり、実家には個展が出来るほどたくさんの作品が飾ってあります。

我が家の新築祝いにもプレゼントしてくれました!(写真右)

シードに行かない日は車椅子で近所を爆走しています!

鹿沼インター通りをよく利用する方なら1度は見掛けたことがあるのではないかと思いますが、宇都宮へ向かう途中にある2つの大きな坂を、歯を食い縛りながら登っているのは紛れもなく私の父です。

私も中学、高校時代はトレーニングのためによく走った坂道ですが、2つの坂を往復するとかなりヘロヘロになります。それを車椅子で…。信じられません。

父が脊髄を損傷した箇所はお腹よりもちょっと上の辺りなので足の力はもちろん、腹筋も全く使えないのです。65歳にして腕力だけであの2つの坂を往復するということは並大抵の筋力では出来ません。

もともと、キン肉マンのような体でしたが、そういうわけで上半身は更に鍛え上げられ、ミズノのシャツを着ると肩に入っているMマークはとんでもない形に変形し、胸のMIZUNOの文字はM~I~Z~U~N~Oと伸びてしまいほとんど読めません!

でも、父の性格を考えるとただ単にあの坂を登っているのではないような気がします。

不自由な体になってしまった後、心無い人から「湯澤もこれで終わりだな!」と直接言われ、「おめぇに言われる筋合いはねぇ!!」と怒鳴り返したことがあったと聞きました。

きっと「こんな体になっちまったけど俺は負けねえぞ!!」という気持ちの表れだと思います。

それともう1つ…鹿沼インター通りを行き来する人たちに対し「俺も頑張ってるからみんなも辛いことあるだろうけど頑張れ!」という気持ちの表れだと思っています。

実際、友人や知人から「親父の姿を見るといつも勇気をもらうよ」というメールや言葉を数多くいただきます。

父は鳥亀鶴田店がオープンした当初からちょくちょく買いに来てくれます。

来ると私のいる揚げ場からは見えるか見えないかの場所に駐車するのですが、オープンして間もない頃にこんなことがありました。

父がお店に来て、車の中でから揚げが出来る順番を待っていることは知っていましたが、店の前には行列が出来ていたので油まみれになりながらただひたすら唐揚げを揚げていました。

フッとした時に父の方に目をやると父は慌てて手で顔を拭いました。

私には涙を拭いたように見えましたが、本人にも確認していないので真相は分かりません。

でも、もし涙だったとしたら何に対しての涙だったのだろう…。

私は父から「人生とは…」とか「仕事とは…」とかそういう話はほとんどされたことはなかったのですが、1度だけ「頭のある奴は頭で稼ぐ!頭のない奴は体で稼ぐしかねぇんだ!!」と言われたことがあります。

幼い頃から汗と泥にまみれて働いている姿を毎日見てきましたので、いつからか仕事とはそうものだと思うようになっていました。

だから、ネクタイを締めて仕事をしていた頃は少なからず自分自身に違和感がありました。

でも今は、汗まみれ&油まみれ&火傷だらけですがとてもシックリきています!

父が店に来て、車の中で待っている時は「親父は汗と泥にまみれて働いたけど、俺も汗と油にまみれて仕事してるぞ!」と揚げ場から無言のメッセージを送っています。

そして最後に…親父へ

子供の頃から苦労ばかりかけてきたけど育て上げてくれて有難う!

いろいろ遠回りしたけど、大八木社長のおかげで「一生の仕事」に巡り合うことが出来たよ。

会っても男同士だからベラベラと会話することもないけどいつも陰で支えてくれて有難う!

同窓会に行った時、「息子が唐揚げ屋やってるから行ってやってくれ!」と車椅子で全員の席を回って宣伝してくれたということをある人から耳にしたよ。

今はなかなか時間が取れないけど、いつの日か旅行に行こう!

まだまだパワフルなのは分かるけどあまりオーバーワークにならないよう健康には気をつけてほしい。

そして、「妻孝行 したい時には妻はなし」にならぬよう1日1回はやさしい言葉をかけてあげてちょうだい!

ではまた!!

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